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《第14講》「現行企業会計の貸借対照表の役割って何?」
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◇《今日の一言》◇ =============== =============== =============== 

 はじめに、前信で重要な説明が欠落していた部分について訂正をしておきま
す。


《該当文章》(※ 前信の本文の最後の方です)
 『そして、それを前提とすることによって「一致の原則」、つまり、「企業
の生涯を一区切りの会計期間とした場合の利益=企業の生涯における全会計期
間の利益の合計額」という等式、が成立することになり、それが暫定的な性格
の期間利益計算計算(つまり、現実とはズレている会計上の表現)の客観性を
担保することになるわけである。』


《修正版》
 『そして、それを前提とすることによって「一致の原則」、つまり、「企業
の生涯を一区切りの会計期間とした場合の利益=企業の生涯における全会計期
間の利益の合計額」という等式、が成立することを前提として、「企業の生涯
を一区切りの会計期間とした場合の利益=収支差額」という等式が成立するこ
とになり、それが暫定的な性格の期間利益計算計算(つまり、現実とはズレて
いる会計上の表現)の客観性を担保することになるわけである。』

 上記のように修正して読み直してください。編集中に誤って削除してしまい、
気がつかなかったようです。申し訳ありません。





 さて、前信の、期間損益計算の暫定性を、最終的には収支に収束することで
担保する、というところまでの理解によって、現行企業会計の基盤たるフレー
ムワークがどの様に仕組まれているのかが一通り理解できたはずである。

 現行企業会計は、その様に仕組まれたフレームワークによって機能するよう
にできていることをまず知ることが重要である。


 ただし、前信では、話の結論に至るために理解しておかなければならない内
容の説明だけで、かなりのスペースを費消してしまった。

 そこで、今回はその結論部分としての現行企業会計における貸借対照表の役
割について触れておくことにしたいと思う。


 既に諸君も理解してきていると思うが、現行企業会計の計算基盤たるフレー
ムワークは、まぎれもなく動態論の計算構造である。

 動態論の計算構造では、(動的)貸借対照表は期間損益計算の連結環として
の機能が第一義的なものである。

 つまり、人為的に区切った期間と期間をまさに繋げるという役割である。

 それは、会計の機能として期間損益計算を第一義的なものとして捉え、一定
の条件の下に業績指標としての利益を計算するというフレームワークである。

 もし、期間を人為的に区切る必要が無いというのであれば、つまりは、期間
損益計算を一定期間ごとに行う必要がないというのであれば、その趣旨に照ら
すなら、現実の会計実践においても、「決算」貸借対照表なるものを作成する
意義などまったく無いということになる。

 その場合、必要に応じて随時に何がしらかの開示目的を持った貸借対照表を、
その目的に適合的な作成手段によって作成すればよいのであり、その様な貸借
対照表を作成することは現状でも勿論十分可能である。

 つまり、貸借対照表に現行企業会計における「決算」貸借対照表としての機
能以外の機能を担わせて作成するというのであれば、それはそれで合理的であ
り、また可能だということである。

 がしかし、現行企業会計の基盤たるフレームワークがその仕組の中でそのよ
うなことを意図しているわけではない。現行企業会計の基盤たるフレームワー
クは、「決算」貸借対照表を作成することを趣旨としているのである。

 もし、貸借対照表に上記フレームワークにおけるものとは異なる機能(例え
ば、財産管理のための情報表示機能、企業価値の表示機能、もしくは、ストッ
クの視点からの企業の将来性を読み取らせるような情報表示機能など)を担わ
せようとするならば、現行企業会計上ではその埒外(らちがい)においてその
ような機能を担った貸借対照表を作成すべきものである。

 その区別もつかないまま、現行の貸借対照表の“限界”などという議論がも
てはやされるという風潮は、本質を見失った詭弁とも言うべきものといえよう。


 繰り返しになるが、現行企業会計の計算基盤たるフレームワークは、まぎれ
もなく動態論の計算構造であって、そこでの貸借対照表は期間損益計算の連結
環としての機能が第一義的なものである。


 知ったかぶりの大学生などに大流行の“経済的便益説”などは一資産概念と
いうレベルのものであり、会計の実践基盤たる計算構造などといったスケール
の内容ではない。勘違いをしないことである。


 また、現行企業会計上では、企業活動に投下される使用資産(売却目的資産
ではないという意味)の使用価値は取得原価(客観的測定可能性の観点から)
に等しいとされる。それは、それらの資産の売却価値が「ゼロ」であるという
ことを前提にするからである。


 もし、使用資産の耐用期間末までの使用価値を何らかの方法で客観的に測定
することができるなら、それが当該使用資産の評価額ということになろうし、
貸借対照表上の評価額もそれに基づいて決定されることになる。

 ただし、その場合、現行企業会計上で適用されている減価償却手続なるもの
は会計処理方法としての合理性を失うことになろう。そこでは、現在の減価償
却手続を適用する方がかえって適正な費用計上とはならないことになるからで
ある。

 そのような状況下においては純粋に資産・負債アプローチをとることが合理
性をもつことになろう。

 がしかし、現状では、使用資産の耐用期間末までの使用価値を客観的に測定
することは非常に困難、もしくは、不可能である。

 そのような状況下で表現される使用資産の評価について、時価(市場価格)
を適用することで“資産価値”なるものを表示させる意義はない。


 勘違いしてもらっては困るが、私は取得原価(主義)が良いといっているの
では無い。諸君はもっと取得原価なる概念を正しく知るべきだといっているの
である。


 既に記したように、現実の世界(収支計算)と会計の世界(期間損益計算)
とは別世界である。
 にもかかわらず、巷では両者が同じ次元に存在するがごとくの誤解が蔓延っ
ており、それが故に筋違いの“議論”もまた蔓延っているのである。

 限界などと批判するからには、まず、批判する対象自体を十分に、そして、
正確に知るべきであろう。批判の対象の本質を知ることも無しに、モノをいう
のは、ただのパフォーマンス以外の何ものでもない。


 かつて、“拡大実現主義”なる詭弁がアメリカでもわが国でも大流行であっ
た次期がある。実現主義の限界を克服できるような論調が大手を振って闊歩し
ていた。

 これなど、学者が議論するようなレベルの学術的議論などとはほど遠い内容
である。


 学者と名が付くから“学者”ではないのだ。研究者たる研究をできるものが
「学者」なのである。学者たるものは、“お商売”で学者という肩書をつける
のではない。

 同様に、会計士試験に合格したから“会計士”なのではない(ただし、肩書
はもらえる)。職業的専門家としての資質を持ち、プロとしての仕事ができて
初めて職業的専門家としての「会計士」なのである。

 “公認”ということに関しては、どのような手段(不正手段という意味では
ない)によっても試験に合格し、一定の付加条件を満たせば“公認”されるの
だが、だから職業的専門家としての「公認会計士」というわけではない。肩書
を持ったド素人が急増中である。肩書社会の最たる弊害というべきなのであろ
うか。

 プロとしての仕事ができて初めて職業的専門家である。肩書があるから職業
的専門家であるわけではない。


 「取得原価」なる用語もまた巷で大いなる誤解がされているものである。

 本当の意味を承知している諸君はほとんどいないのかもしれないが、「取得
原価」なる概念は現実の世界に存在す概念ではない。そう、会計の世界で、あ
る目的をもって作られた概念である。

 その趣旨は、「時間を無視する」ということにある。

 取得原価なる用語を含めて、巷ではいい加減に会計用語が使われているのだ
が、もう一度よく考えてみてほしい。

 実は、現実の世界には「時価」(という概念)しか存在しないのだ。


 そもそも、財(資産)を取得した場合の取得原価とは一体何であろうか?

 それは取得時の時価(市場価額)であろう。資産(財)を購入する場面を思
い起こすまでもなく、取得時に支払う対価は購入時点の市場価額(時価相当額
)であるはずだ。

 そして、その支払対価額をもって取得資産の「取得原価」と表現する。

 この一見便利そうに、そして悲しいことに巷の誰もが知っているツモリで、
実はほとんどがその本当の意味を知らずに使用しているのがこの「取得原価」
という用語である。

 あまりに便利なので、そして今や取得原価は“当たり前”であるかのごとく
になっていて、実際に資産を取得した時の事情(時価で購入した)などといっ
たことはまったく忘れてしまっている。

 取得原価だから“原価(評価)”だ、という具合である。


 「取得原価」とは、時を止める、つまり、その後の市場価格の変動から影響
を受けさせない、という趣旨を持って作られた会計上の概念なのである。

 取得資産の価格に関する「時間」を取得時点に凍結するということである。

 だから、「取得」時点のままの価額という意味であり、取得原価という。


 したがって、一度「取得原価」として確定されると、それ以後一切市場の価
格変動の影響から隔離され、時価(市場価格)の影響を受けない。


 使用資産の代表例である固定資産の使用価値は取得原価とされたまま(便宜
上の使用価値であるが、このことについてはここでは触れない)、その後の償
却計算は、この取得原価なるものを元として行われていくのである。

 つまり、一度資産の取得原価が決定された後は、後は諸君が良く承知のよう
に、その取得原価を前提として貸借対照表価額(未償却額)と費用額としての
減価償却費が決定されることになる。


 現行企業会計での貸借対照表は、連結環としての機能によって、前期末のス
トックの状態を翌期首に引き継ぐ。ただし、フレームワーク上で予定されてい
るのは、各期に計上される費用額を前提とした資産評価額なのである。

 つまり、これは現行企業会計のフレームワークが、費用・収益アプローチを
採っているということであり、資産の評価はそれら費用・収益の概念を前提に
して決定されるのである。


 現状では、減損会計によって固定資産に関して、使用途中(償却途中)であ
っても「時価」による評価切り下げが行われる場合があるが、同じことである。

 減損処理では、確かに期末の資産評価額は一見時価を反映しているように見
えるが、しかし、それは評価切り下げのための便宜的な指標として時価が利用
されるだけであり、あくまでも取得原価の範囲内での処理でしかない。


 例えばいま、一本のロールケーキがあったとしよう。一番端の部分が残存価
額に相当する部分、綺麗に切り分けられる部分(例えば、8等分)がこれから
費消する(食べる)要償却額部分であるとする。ロールケーキは仕事をするた
めのエネルギーとして費消されると考えればいい。

 一期に一切れずつ本体から切取って食べることにしていたが、ある期にゴキ
ブリに囓られている部分が見つかった。被害は部分的だったので、囓られた部
分を少し大きく切取って捨て(つまり、この部分は減損部分)、それ以外の部
分を食べることにした、とする。

 この場合、既に食べてしまった部分(既償却部分)もまだ食べていない残り
の部分(未償却部分)も、そして、ゴキブリに囓られたため切取って捨てた部
分(減損部分)も全ては当初の一本のロールケーキの大きさ(取得原価)の一
部でしかない。

 ゴキブリに囓られたために切取って捨てた部分(減損部分)がどのような大
きさであっても事情は同じである。何処で切取るかの大きさ(つまり、時価を
指標とする大きさ)がどのようであっても取得原価の範囲内において切取って
いるだけである。

 すべては一本のロールケーキ(取得原価)の範囲内なのだ。


 現行企業会計においては、時価を指標として資産価額や費用額等が決定され
ているように見える場合がある。がしかし、現行企業会計上では時価が適用さ
れても、時価による本質的な評価が行われるわけではなく、時価は元である原
価の切り分け(資産価額と費用額への切り分け)を行うための指標(目安)と
して利用されているだけなのである。


 ただし、同じ時価でも貸方の時価の問題は話が別である。この問題は実現主
義の原則の問題に関わることになるが、今はは説明しない。

 断わっておくが、巷でよく聞く“取得原価主義と実現主義の原則が表裏の関
係にあって、未実現利益を排除する”などといった安っぽい勘違いの話ではな
い。いずれ、触れることがあるはずである。



 さて、いろいろと触れてきたが、読者諸君は既に本信を読む前から結論部分
とが見えていたはずである。

 現行企業会は、その基盤を動態論の計算構造に依っている。したがって、そ
こで作成される(決算)貸借対照表も動的貸借対照表の機能を第一義的に持つ
ものであり、既に記したように、構造上それ以外の機能が予定されていないと
いうことである。

 この大前提を忘れて、既存の貸借対照表に期間損益計算の連結環たる機能以
外の機能を担わせようとしても構造的に無理があるのだ。

 いや、動態論の計算構造、つまり、フレームワークの限界というよりは、費
用・収益アプローチに限界がある、と考えた方が正しいはずである。


 既に記したように、現状で連結環たる機能以外の機能を持たせた貸借対照表
を作成するのであれば、現行企業会計のフレームワークの埒外(らちがい)に
おいて随時的に作成させるべきなのである。勿論、その場合には「決算貸借対
照表」とはいわない。


 そうでなくても、業績評価のための損益計算が、同じ損益計算書において分
配利益(配当利益)の計算をも行わせようとする会社法(旧商法)の影響から、
はなはだしく「歪んでいる」のである。


 現状で本当に情報の適正化をしたいのであれば、まずは、業績指標としての
財務諸表と利益分配指標としての財務諸表とを分離するべきであろう。

 そうすれば、「実現主義」などという会計論理上は存在するべくもない概念
など不要になるはずである。

 「実現主義」こそは、現行企業会計において「歪み」を生じさせている最た
る元凶なのである。



 さて、、受験生という立場にある読者諸君は、現行企業会計の基盤たるフレ
ームワークを正しく理解し、その中での決算貸借対照表の意義・内容を正しく
学習することが最も大事なことである。

 くれぐれも間違った方向性(ベクトル)を持った学習をしないように注意し
てほしい。


 基礎が正しく構築されなければ、その上に積み上げられる理解は自ずと歪ん
でいくものである。そして、いずれ自己の中で論理矛盾を生じ、理解できなく
なる。結果、“暗記”という最悪の方向に向かわざるを得なくなる。


 論理の積み上げにショートカットは存在しない。急がば回れである。性急に、
短絡的に結果だけを、労せずして知ろうとすれば、それは、将来の自分に多大
なダメージを与えることになるのである。

 たとえ、試験に合格したとしても、である。



 ではまた次回に。










◇ =============== =============== ============= =================

◇ =============== =============== ============= =================

◇◇◇今回の問題◇◇◇

 「企業会計原則」は、損益計算書原則の冒頭において、「損益計算書は、企
業の経営成績を明らかにするため、一会計期間に属するすべての収益とこれに
対応するすべての費用とを記載して・・・・・当期純利益を表示しなければな
らない。」として損益計算書について規定しており、また、貸借対照表原則の
冒頭においては、「貸借対照表は、企業の財政状態を明らかにするため、貸借
対照表日におけるすべての資産、負債及び資本を記載し、株主、債権者その他
の利害関係者にこれを正しく表示するものでなければならない。」として貸借
対照表について規定している。

 しかし、上記の損益計算書原則及び貸借対照表原則における規定文言からは、
損益計算書と貸借対照表が具体的にいかなる内容を開示する財務諸表なのか、
また、両者はどのような質的関連性をもつのかといったことを知ることはでき
ない。

 今日の企業会計は、継続的な企業資本運動を前提として、動態論の会計構造
に立脚するといわれる。したがって、上記の二つの財務諸表もこの会計構造を
前提にして理解されるべきものであるはずである。

 そこで、上記の二つの財務諸表に関して以下の問に答えなさい。



問1
 上記の(1)損益計算書と(2)貸借対照表の一般的な意義を簡潔に説明しなさい。
((1):3行 (2):3行)

問2
 継続的な資本運動を前提にした場合、損益計算書と貸借対照表はどのような
内容の財務諸表として位置づけられるのか、ここでの資本運動を踏まえて説明
しなさい。(8行)


問3
 問2でのような位置づけがなされる損益計算書と貸借対照表の質的関連性に
ついて、口別利益計算と期間利益計算の特質を比較対比しながら明らかにしな
さい。(15行)







 〜問題に関する確認項目〜

●継続的な資本運動を前提とした場合の財務諸表の開示目的の理解があるか?
●「投資家の情報要求である収益力の算定が主軸をなす計算構造」の理解がで
 きているか?
●「その計算構造における貸借対照表の第一義的機能」について正しく理解し
 ているか?
●「損益計算書と貸借対照表の質的関連性」についての正しい理解があるか?



 ※ 今回の問題は、諸君が答案を作成するにはかなりヘビー(特に問2と問
3)かもしれない。だから、答案を作成するというよりは、本信までの内容を
踏まえて、その内容を問題として問われた場合にどのように問われるのか、と
いうことと、当然にその解答たる内容についての復習をしてほしい。

 ただし、解答作成という観点からは、問題が解答としてどのような内容をダ
イレクトに要求しているのか、ということを考える事が最も重要な点である。







・解答行数:上記各問題文末参照。

 ・満点  問1:各10点×2=20点。
      問2:35点。
      問3:45点。
      
      以上合計:100点。







◇ =============== =============== ============= =================


 解答・解説(一部または全部)は次回のメールマガジンにおいて掲載する予
定です。
 また、次回メールマガジンの発行日以降、当アカデミーの『HBAメールマ
ガジン』のコーナーにも解説を掲載します。
 
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 ※問い合わせ等について
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◇ =============== =============== ============= =================

◇ =============== =============== ============= =================





◆◆◆前回の問題の解答・解説◆◆◆

◆《問題》◆ =============== =============== =================== ===

 現行の企業会計を支える理論的構造は、上部構造、中間構造および下部構造
の三つから成り立っており、下部構造は、企業会計の基礎構造を示す枠組みと
その基本的な目標または命題を示すものであって、一般に会計公準といわれま
す。また、この会計公準は、特に会計原則形成のための基礎的前提としてその
理論的な意義をもっているものです。

 以上を踏まえて以下の問に答えなさい。

問1
 一般に三大公準として、(1)企業実体の公準、(2)継続企業の公準、(3)貨幣
的測定の公準が挙げられます。これらの内容を説明しなさい。
((1):5行 (2):6行 (3):6行)

問2
 企業実体の公準にいう企業実体という概念は、企業会計上はどのように捉え
られているか説明しなさい。(5行)

問3
 今日の企業会計における真実性が相対的なものである根拠の一つは、継続企
業の公準を前提とすることによるといわれます。これについて説明しなさい。
(10行)

問4
 貨幣価値の変動があった場合、貨幣単位は統一的な測定尺度としての機能が
否定される、といわれることがあります。これは、貨幣的測定の公準を否定す
ることを意味するのかどうか説明しなさい。(9行)







 ・解答行数:上記各問題文末参照。

 ・満点  問1:各15点×3=45点。
      問2:15点。
      問3:20点。
      問4:20点。
      
      以上合計:100点。







◆【解 答】◆◆=============== =============== ============ ==========

問1
(1) 企業実体の公準
企業実体の公準は、企業という経済主体を、企業会計上、その所有主とは別個
の企業それ自体の存在を認める前提である。この概念は、企業会計の技術的な
構造を形づくっている複式簿記機構の成立のために不可欠な概念である。すな
わち、複式簿記機構では、企業をその所有主から分離することによって、初め
て「企業」の資産と「企業」の資本および負債という概念が成立し、企業資産
=企業負債+企業資本という均衡等式が成立するのである。(15点)

(2) 継続企業の公準
 今日の会計では、企業を半永久的に継続するもの、すなわち継続企業である
と仮定し、企業の全存続期間を人為的に定めた一定の会計期間に区切って、企
業の利害関係者に、彼等が必要とする会計情報を提供するために、一定の時期
に財務諸表を作成して、その期間の経営成績を明らかにするとともに、その時
点における財政状態を示すことを要請するものである。この公準は形式的には、
期間計算が行われるという前提であり、したがって、それは会計を行う期間に
ついての限定である。(15点)

(3) 貨幣的測定の公準
 貨幣的測定の公準は、企業会計における測定尺度として一般に貨幣数値が用
いられることを意味するものである。すなわち、企業会計は、企業の経済事象
を計数的に把握するものであるから、そこでの異質な財貨や用役を総括的に捉
えて表示するための客観的かつ同質的な測定尺度を必要とするが、このために
最も合理性のある公分母としての性格を有する貨幣単位が適用が前提とされる。
このことは、同時に企業会計の測定対象が貨幣単位の適用を可能とするものに
限定されることを意味する。(15点)


問2
 企業会計上、この企業実体という概念は、通常、法人格を与えられたいわゆ
る対外的権利義務の主体を指すことが多い。しかし、企業実体という概念は、
このような対外的権利義務の主体のみを指すのではなく、法律上独立している
複数の企業が支配従属関係にあるなど経済的、実質的な観点から単一の組織体
として認められる場合には、これを会計目的上、一つの企業実体つまり経済的
実体として捉える必要がある。(15点)


問3
 企業会計における真実性が相対的な性格のものであることの根拠の一つとし
て、期間利益計算の暫定性が挙げられる。すなわち、今日の企業は、継続企業
の公準によって半永久的に活動を続ける継続企業が前提される。したがって、
このような継続企業の経営成績は、一定期間を人為的に区切って計算・表示せ
ざるをえない。つまり、企業の経営成績は期間的な経営成績として把握される
ことになり、そのための計算は必然的に期間計算によることになる。
 この期間計算のもとでは、継続企業の活動を人為的に区切りをつけることに
よって決算が行われるから、必然的にそこでの計算結果は暫定的な性格のもの
となる。このことは、具体的には未確定数値に基づく見積計算が行われること
を意味する。
継続企業の期間的な経営成績をできるだけ合理的に計算・表示しようとする場
合には、必然的に見積計算が介入することになる。(20点)


問4
 貨幣的測定の公準はあくまでも貨幣額による測定ということを意味している
に過ぎないのであって、その測定尺度としての貨幣価値の変動またはその背景
となる個別価格の変動について企業会計上これを認識するか否かは、別問題で
あり、貨幣的測定の公準の問題ではない。それは、貨幣価値一定の公準に関す
る問題である。
 すなわち、貨幣的測定の公準という概念は、特定の会計評価体系に限定され
る公準ではなく、その意味で、より基本的なものであるのに対して、貨幣価値
一定の公準は貨幣的測定の公準から派生する公準であって、今日の制度会計で
は、この貨幣価値一定の公準が前提とされているのである。したがって、貨幣
価値の変動があった場合には、その測定結果の質的同一性が失われることにな
り、貨幣価値一定の公準が否定されることになる。(20点)





 
◆【解 説】◆◆◆ =============== =============== ============ =======

【出題の趣旨】
 会計公準や一般原則といったものは、企業会計実践の基本的前提もしくは基
本的な体系を形成するものであるにもかかわらず、それらの関連性を捉えた理
解がなかなかされないのである。
 それらは現行企業会計のフレームワークとリンクするが、そのような体系的
理解ができているか否か、是非確認して欲しい。



【解説】

 1.会計公準の意味
 現行の企業会計を支える理論的構造は、上部構造、中間構造および下部構造
の三つから成り立っている。下部構造は、企業会計の基礎構造を示す枠組みと
その基本的な目標または命題を示すものであって、一般に会計公準という。中
間構造は、このような会計公準に立脚して企業会計の具体的な行為規範または
行動指針を示すものであって、会計原則または会計基準という。上部構造は、
このような会計公準および会計原則に支えられて企業会計行為の具体的な方法、
技術または手続を示すものであって、会計手続という。
 会計公準は、このよう企業会計理論の下部構造として、また特に会計原則形
成のための基礎的前提としてその理論的な意義をもっている。この公準は、企
業会計の慣行や伝統的な会計制度そのものの構造的分析(企業会計の内部的構
造分析)によって、もしくは企業の社会的・経済的・法制的な環境分析(企業
会計の外部環境分析)よって求められるものである。

2.企業実体の公準
 企業実体の公準は、企業という経済主体を、企業会計上、その所有主とは別
個の企業自体の存在を認める前提である。この概念は、企業会計の技術的な構
造を形づくっている複式簿記機構の成立のために不欠な概念である。すなわち、
複式簿記機構では、企業をその所有主から分離することによって、初めて「企
業」の資産と「企業」の資本および負債という概念が成立し、企業資産=企業
負債+企業資本という均衡等式が成立するのである。
 ところで、この企業実態という概念は、通常、法人格を与えられたいわゆる
対外的権利義務の主体を指すことが多い。しかし、企業実体という概念は、こ
のような対外的権利義務に主体のみを指すのではなく、経済的な観点から、一
つの企業集団として認められる場合には、これを会計目的上、一つの企業実体
つまり経済的実体として捉える必要がある。

3.継続企業の公準
 今日の会計では、企業を半永久的に継続するもの、すなわち継続企業である
と仮定し、企業の全存続期間を人為的に定めた一定の会計期間に区切って、企
業の利害関係者に、彼等が必要とする会計情報を提供するために、一定の時期
に財務諸表を作成して、その期間の経営成績を明らかにするとともに、その時
点における財政状態を示すことを要請するものである。この公準は形式的には、
期間計算が行われるという前提であり、したがって、それは会計を行う期間に
ついての限定である。この公準が形式的には「会計期間の公準」とよばれるの
は、このためである。

4.貨幣的測定の公準
 貨幣的測定の公準は、企業会計における測定尺度として一般に貨幣数値が用
いられることを意味するものである。勿論、企業会計は、単に「貨幣数値」だ
けでなく、「物量数値」も測定尺度として用いるが、一般に、後者は付随的、
補完的なものである。このことは、会計の本来的な性格を形づくるものであっ
て、特に財務会計においてはこの公準の意味は大きい。
 すなわち、このことは、今日の財務会計において、物量だけが記載された会
計帳簿もしくは財務諸表というものは存在せず、また逆に貨幣額で把握するこ
とのできない経済活動や事象は会計の対象となりえないことからも明らかであ
るが、これは財務会計が伝統的に配当毛可能利益や課税所得の計算という制度
会計特有の目的を果たしてきている事実に大きく影響されているのである。
 なお、この公準はあくまでも貨幣額による測定ということを意味しているに
過ぎないのであって、その測定尺度としての貨幣価値の変動またはその拝啓と
なる個別価格の変動について企業会計上これを認識するか否かは、別問題であ
る。
 つまり、いわゆる貨幣価値一定の公準という概念は、この貨幣的測定の公準
の派生的公準であって、今日の制度会計では、この貨幣価値一定の公準が前提
とされているということである。







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□ 雑 感 □===========================

◎は〜るよ来い! は〜やく来い!という歌がある。最近ではあまり巷で聞く
こともなくなったが、実に季節感溢れる歌である。

 寒い寒い冬が終わって、暖かい春が早く来ることを願う心情が実に自然に心
にしみてくるようである。

 受験生の諸君は、今の受験勉強時代が冬であり、合格して監査法人に就職し
たときが春なのかもしれない。

 が、春が来るまでに、春に芽吹くようにちゃくちゃくと土の中で準備をして
おかなければ、春が来たとしても芽吹くことはできない。

 春が来ることは誰でもの願いだが、その春が来たときにでも芽吹けるか否か
は土の中での準備にかかっている。が、ほとんどの受験生は知らない(勿論、
当mailmagazineの購読を登録している読者諸君は既に知ってはいるはず?であ
る)。


 春は、なま暖かい風が吹いてきて、何となく心ウキウキとなるものである。

 がしかし、会計士試験の受験生にとっては、春はなかなか辛い時期でもある。

 世の中がウキウキとだんだん明るくなっていくにしたがって、本試験がだん
だん近づいてくる。

 寒い冬の間は外は寒い分、不思議と心が寒いと実感することはあまりないも
のだ。

 しかし、春が近づき世の中がだんだん明るくなっていくのに反して、だんだ
んプレッシャーが受験生にはかかり、暗くなる。

 諸君は、冬の間だ、春に芽吹けるようにしっかりと自分を鍛えていただろう
か?

 これからの次期をどう乗り越えるか、乗り越えられるかが合格に結びつくか
否かの最後の分かれ道となるのだ。


 がんばれ!!受験生諸君!!







◎受験生には様々な形態がある。けっこう見かけるのが受験カップルだ。大体
は男性が会計士の試験をまず始めていて、それを見ていた彼女が始めるという
パターンらしい。勿論、受験学校で出会って仲良くなる場合もある。

 始めのうちは、先行した男性の方(受験学校で出会った場合でも、当初
initiativeをとるのは男性の場合が多い)が勉強の先輩らしく、彼女にあれこ
れと甲斐々々しく、あの授業がいい、あの参考書がいい、何処々々の自習室が
勉強しやすい、などなど彼女にご指導するのだ。

 端で見ていてもなかなかほほえましいものである。


 元来、男は女性の前では見栄っ張りで、自尊心が強く表面に出る。よせば良
いのに、とりわけ彼女の前では大見得を切ってしまうことが多い。

 自分がリードしている、つまり、自分に勉強のアドバンテージがある間は、
堂々としていられるのだが、いざ、自分がビハインドとなった時には、結構も
ろいものである。

 それに対して、女性はこつこつと頑張り強い。勿論例外はあるものの、大抵
は彼氏のいうことを真に受けて、彼氏が良いというものをとにかく一生懸命に
やるのだ。

 女性はある意味男性よりもはるかにタフだと思う。特に、子供を産む(勿論、
育てることも)という大事業はこのタフさがなければ成し遂げられるものでは
ないだろう。

 私は、会計士の仕事も結構女性には向いているように思う。

 勿論、失礼ながら、視野が狭い、大局的な洞察力に欠ける等々の批判もある
かもしれないのだが、少なくともこつこつと地道な努力が必要な会計士試験の
勉強には男性よりもむしろ適応性があるようだ。


 以前に在籍した受験学校での経験も含めて、会計士試験にchallengeしたカ
ップルを結構多く知ってはいる(彼らは必ずといっていいほど二人揃って私の
ところに質問や相談に訪れる)が、本試験後、私のところへ「先生、ありがと
うございました!」と二人揃って合格の挨拶に来たカップルは意外にも少ない
のだ。

 アベックの受験生の場合は、私の経験上では圧倒的に女性だけが合格するケ
ースが多い。

 その場合は、必然的に女性の方が一人で私のところに挨拶に来る。たまに、
合格した彼女と不合格の勇気ある男性とが一緒に私のところに挨拶に来ること
があるが、同じ男としては、何となく痛々しい感じである。

 さらに辛いのは、アベックで試験勉強をして片方(ほとんどは女性の方)が
合格した場合、事の必然と言うわけではないはずだが、ほとんどの場合、二人
には破局が訪れる。

 男性が自尊心が傷ついて分かれることにしたのか、女性が不甲斐ない男性を
見限って分かれることにしたのか、その真意は私の知るところではないが、二
人は分かれてしまうのだ。


 ただし、カップルの女性だけが合格した場合でも、破局を迎えない場合もあ
る。その場合は、女性が何とも暖かいのだ。受験に失敗した男性の心情を暖か
く包んで、彼の自尊心を傷つけないようにして、何とか立ち直らせる。

 あ〜あッ、男とは何と情けない生き物か?と私は思ってしまうのだが、二人
が幸せであるならば私がとやかくこともないだろう。


 ともに合格したカップルの場合は、happy endとなったカップルが多い。

 結婚をし、二人で公認会計士として監査法人に勤めている場合もあれば、女
性が退職して家庭に入る場合もある。

 女性が一度家庭に入った場合でも、やはり、会計士の資格を取得するための
勉強をしただけあって、子供が手を離れる頃になると再就職をする女性も少な
くない。監査の現場、つまりは監査法人では、「有能」な「仕事のできる」会
計士はいくらでもほしいのだ。

 現役であっても無能な者は「い・ら・な・い」のである。


 さて、彼女が先に合格して、一人取り残された男性の方はというと、やはり
彼女がいないと寂しいのか、ほとんどの場合、新たな受験生の彼女を早速見つ
けて、再びあれやこれやと受験ノウハウを得意げに新しい彼女に宣わくのであ
る。

 それを見ると私は、「自分の勉強に集中しろよ!また来年彼女の方が先に合
格してしまうぞ?」と思わず心の中でつぶやいてしまうのだ。しかし、本人が
知る由もない。


 彼女と一緒に受験勉強をしている男性の受験生の諸君、頑張ってくれたまえ
!? と私はいうしかない。







◎ここのところ、企業の粉飾決算、つまり、財務諸表の改ざんが盛んに摘発さ
れ、頻繁にニュースに取り上げられている。

 かつてわが国でも最大手といわれた監査法人がいよいよ倒産するという事態
にまでなっているだ。

 バブルの時代も終わりに近い頃、これら監査法人のお偉い代表社員の先生方
は、「いや〜、企業が倒産しても、我々の仕事(監査)は無くならないし、監
査法人が倒産することなどありえませんよ、はははッ」などと勘違いも甚だし
い発言をしていたのである。

 当然であるが、上場企業の粉飾が摘発されれば、その責任は当該企業の財務
諸表の監査を行った公認会計士(監査法人)に及ぶ。

 公認会計士(監査法人)が摘発できなかったのか、知っていて見過ごしてき
たのか。いやいや、実際には、監査実施上でそれらのほとんどを公認会計士は
認識している。

 企業側の操作が巧妙で分かりませんでした、というのは見苦しい公認会計士
の逃げの言い訳である。もし、それが本当ならば、職業的専門家たる公認会計
士とはいえない。


 一般に経営者(わが国とは限らない)達は、業績指標の財務諸表を正しく作
ろうとは考えていないのが実情である。テレビなとでの“株主・投資家の皆様
への適切な情報開示を第一に心がけております”は彼ら経営者達の本心ではな
いのだ。

 彼らが、会計(学であれ、実践であれ)に精通していることなどありはしな
い(たとえ、経理担当者でも)。

 だからこその会計基準や実務指針の存在なのである。

 会計基準や実務指針は、論理の議論の結末として、彼らのような会計(学)
を知らない者でも、本来の趣旨に適う処理ができるように、「このように処理
しなさい」と規定してある。

 会計基準や実務指針とは本来そのためにあるのだ。

 だから、会計士になろうとする者が、例え受験勉強とはいえ、それら(結末
だけ)を暗記するなど、会計(学)を知らない上記の経営者達と同じというこ
とになる。

 とすれば、知らない者同士が、財務諸表を作り?、そして監査する??

 そうであれば、企業の粉飾など“発見”できなくても、それはそれで当然の
成り行きなのか??と思うこともできるのだ。


 会計の知識のない経営者達は、その通りに処理すれば適正に表示する財務諸
表を作成できる基準等がありながら、それらを何とか自分たちの都合の良いよ
うに偏見を持って歪曲して適用しようとするのである。

 そしてさらに、その結果作成した財務諸表を会計士に無理にでも認めるよう
に迫るのだ。

 諸君はそのような時には勿論、「ノー」という「べき」であることはよく知
っているはずであろう。

 がしかし、企業の経営者たちは会計士にただノーといわれてもまったく引き
下がらない。厳然たる論理的証拠(実践上でも意義のある論理的証拠)を突き
つけ、何故「ノー」であるのかを、そのような彼らが反論できない程に納得さ
せることができなければならないのである。

 “この基準にこのように規定されているから”などといった指摘では、もと
もと自分たちの都合のいいことしか考えない彼らに対しては無力である。



 今のような時代こそ、会計士は理論武装をしなければならないのだ。

 だからこそ、私が受験勉強時代に会計士としての素質を育成しながら、早期
合格を目指して欲しいというのである。







 ではまた。










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